前回のあらすじ
IT企業を経営する田中祐一郎社長は、売上停滞に悩んでいた。顧問税理士の鈴木一登の提案でローカルベンチマーク(ロカベン)を使い、自社の強み「現場密着型の開発」を再発見。営業戦略を”技術”から”業務改善の成果”へと転換し、V字回復を果たした。
第1章:社長、再びひらめく
朝9時。秘書の佐藤凛子が出社して数分後──
バン!
社長室のドアが勢いよく開いた。田中社長の目は血走り、髪も少し乱れている。徹夜で何かを考え込んでいたのは明らかだった。

田中「凛子くん! 次の一手を考えたぞ!」
凛子の心臓が嫌な予感で高鳴る。この3年間、田中社長のこの表情を見るたびに、会社に大きな変化が訪れていた。
凛子「……おはようございます。まさか、また?」
田中「そう、”新規事業”だ!」
社長の目はいつになくギラついていた。手元には業界レポートが広げられ、その表紙には「IT業界 2025年生存予測」の赤い文字。
田中「今のシステム開発は順調だ。でも、受託だけじゃ未来がない。AI が普及すれば従来型の開発案件は確実に減る。うちの強みを生かして、もう一本の柱を作りたい!」
凛子「……で、その”柱”とは?」
田中「それを、今から考える!」
凛子「(やっぱりまだ何も決まってない)」
凛子の手にしていたコーヒーカップが、微かに震えた。この人は本当に会社の危機を感じている。
第2章:ブレスト会議、暴走気味
会議室のホワイトボードには、社長のアイデアが次々と書き込まれていく。田中は憑かれたように書き続けていた。
田中「①自社パッケージ開発!」
凛子「開発リソースが足りません。」
田中「②業務改善コンサル!」
凛子「他社との差別化が難しいですね。」
田中「③オンラインスクール!」
凛子「運営ノウハウが……。」
田中の提案を次々と却下する凛子。だが、心の奥では別のことを考えていた。この人の焦りが伝わってくる。私が思っている以上に状況は厳しいのかもしれない。
田中「④カフェ!」
凛子「急に生活感が出ましたね。」
田中「いや、”人が集まる場”って意味だ。社員もお客さんも、地域の人も集まれる場所。そうすれば、また新しいビジネスのきっかけが生まれるはずだろ?」
突然、田中のペンが止まった。今までの提案は思いつきだったが、これは違う。何か、深いところから湧き上がってきた想いのようだった。
凛子「”人が集まる場”ですか……。」
社長の言葉に、凛子の頭にふと浮かんだ言葉があった。
凛子「もしかして、それって……コワーキングスペースのようなものでは?」
田中「おお、それだ!それがやりたかったんだ!」
凛子「(またしても、言葉が出てこなかっただけのパターン)」
凛子の胸に、言いようのない不安が広がっていく。これで本当に会社は救われるのだろうか?

第3章:鈴木税理士、慎重な一言
数日後。会議室に呼ばれた鈴木税理士が現れた時、その穏やかな表情の奥に鋭い視線があることを凛子は見逃さなかった。
鈴木「コワーキング、いいですね。地域にも需要があります。ただし…」
会議室の空気が張り詰めた。
鈴木「”勢い”だけでは長続きしません。新規事業こそ、ロカベンで構造的に整理してみましょう。」
凛子「ロカベンって、前回は既存事業の整理に使いましたけど……新規事業にも?」
鈴木「もちろんです。ロカベンは”経営の健康診断”ですが、新しい事業を考えるときにも役立ちます。事業を6つの視点で見える化することで、抜けやすいポイントを補えるんです。」
田中の表情が一変した。救世主が現れたのか、それとも…?
第4章:ロカベン6つの視点とは
鈴木はホワイトボードに六角形を描きながら、ペンを走らせた。凛子は、その整然とした図形に見入った。

鈴木「この6つを”事業の地図”として使う。マーケティングのフレームとも対応していますよ。たとえば、①顧客・市場ではSTP分析、②競合ではポジショニングマップ、③経営資源ではVRIO分析といった具合に。」
凛子「つまり、”考える順番”を整理するための地図、ということですね。」
鈴木「その通り。ロカベンを使うと、”思いつき”が”戦略”に変わります。」
凛子の心に、突然光が差し込んだような感覚があった。これまでの田中社長の提案は、全て単発的なアイデアだった。でも、これなら…
第5章:アイデアをロカベンに当てはめてみる
凛子がホワイトボードにコワーキング構想を書き込む。その手は、不思議と震えていなかった。

凛子
「①顧客・市場──地域の個人事業主、在宅勤務者、起業希望者など。
②競合──他のコワーキングスペース。
③経営資源──空きフロア、社員、地域との信頼関係。
④理念──”現場を支える”という会社の原点。
⑤ビジネスモデル──会費制+イベント収益。
⑥連携──商工会・地銀・士業など。」
田中「おお、これだけで頭が整理されるな。今まで”楽しそう”としか言えなかったのが、少し事業っぽく見えてきた!」
鈴木「そう。ロカベンは、”アイデアに骨格を与えるツール”なんです。」
凛子は自分の書いた文字を見つめながら、心の奥で呟いた。
凛子「……でも、”相談相手がいない個人事業主”の支援って、確かに需要がありそうですね。」
鈴木「いい着眼点です。”顧客の課題”を中心に事業を考えること。それが、ロカベンで最も重要な姿勢です。」

でも、本当にそんなに簡単にいくのだろうか? 凛子の心に、小さな疑問符が残っていた。
第6章:理念と方向性を言葉に
田中「うちが大切にしてきたのは”現場で考える”という姿勢。だから新事業も、”挑戦する人の現場を支える”ものにしたいな。」
その瞬間、凛子の胸に温かいものが流れた。この理念なら、私も心から応援できる。
鈴木「それは立派な理念ですね。理念は、事業の”意思決定の軸”になります。お金が入る・出るだけで判断せず、”理念に合うか”を基準にしましょう。」
凛子「理念を起点に、顧客・競合・資源を見ていく……。まさに、ロカベンの6視点がつながってくる感じですね。」
鈴木「その通り。ロカベンは単なるチェックシートではなく、経営を構造で考えるための思考の地図なんです。」
田中は安堵の表情を浮かべたが、凛子は気づいていた。これは、まだスタートラインに立っただけだ。

第7章:見えてきた”未来の輪郭”
会議が終わる頃、凛子はホワイトボードの隅にメモを書き込んだ。
「現場を支える会社が、地域の”挑戦”を支える場所を作る。」
田中「いい言葉だな。うちの次のテーマは”支援の場づくり”だ。」
鈴木「実現にはまだ検証が必要ですが、”地域の挑戦者が集う場”というのは、間違いなく時代の流れに合っています。」
だが、その時鈴木の表情が急に厳しくなった。
鈴木「ただし…本当に需要があるのか、市場調査は必須です。次回は、STP分析で誰に何をどう届けるかを明確にしましょう。」
凛子「(ロカベンで地図を描きながら、少しずつ形にしていく……)これなら、社長の”ひらめき”も現実になるかもしれませんね。」
凛子の心に、希望と不安が入り混じった複雑な感情が宿っていた。私たちの本当の戦いは、これからなのね。
今回の学びポイント
鈴木税理士のまとめ講義
新規事業を始めるとき、勢いだけでは道を誤ります。ロカベンを使えば、アイデアを6つの視点で構造化し、「誰の・どんな課題を・どんな資源で解くのか」を整理できます。
①顧客:誰に価値を届けるか
②競合:なぜ自社でなければならないか
③資源:強みをどう活かすか
④理念:どんな想いで取り組むか
⑤モデル:どう利益を生むか
⑥連携:誰と組めば実現できるか
これが、新規事業を”思いつき”から”戦略”へ変える第一歩です。
そして最も重要なのは、これら6要素の「繋がり」。個別に考えるのではなく、全体として整合性が取れているかを確認することが成功の鍵となります。
次回予告
第2話:「市場の正体を暴け!STP分析で迷走する秘書」
コワーキング構想が動き出した田中社長と凛子。だが「誰に向けた事業なのか」が曖昧なまま進められず、計画は暗礁に乗り上げる。
鈴木税理士が提案したのは、マーケティングの基本「STP分析」。凛子は”顧客が本当に求める価値”を探るため、市場の海へと漕ぎ出す——。
だが、地域を歩き回る凛子が発見したのは、予想とは全く違う市場の実態だった。
「私たちが想定していた顧客は…存在しないかもしれません」
果たして、この危機をどう乗り越えるのか?
次回、衝撃の市場調査結果が明らかに!
(第1話・完)
